その人物の告げた言葉を月はにわかには信じられなかった。

今、その人物はなんと言ったのだろう?
頭の中で月は記憶を再生してみる。

『私はLです』

確かにそう言った。
小さく、消えそうに、それでいて、月にはしっかりと届くように。

けれど、と思い、月はその人物を横目で窺う。

一度も眠った事が無いかのような隈と、見開かれたような黒々とした瞳と。
それから、だらしのないジーンズにTシャツ、スニーカーと言った出で立ち。

(こいつが、L?)

これが、自分を追い詰めようとしている人物なのだろうか。
人は見かけにはよらないと言うが、それにしたってあんまりだと思う。
こんな存在に、自分は僅かながらも追い詰められたのか?

「それが本当なら、貴方は僕が尊敬する人です」

とりあえず、そんな風に返してみる。
彼の反応を見るために。
けれど、彼から反応はない。
ただ、じっとこちらを見ている。

何かを探るような目だ、と月は思った。

先ほどと同じ、黒々として感情の読めない目。
けれど一瞬鋭くなった気がする。

それを見て、もしかして、と月は思った。

もしかしたら、彼が本当にLなのかもしれない。

「僕の顔に何かついてますか?」
「いいえ・・・・・・ただ、綺麗だと思いまして」

あっさりと返ってきた答えに、月は驚きの表情を作る。
嘘だと分かりきった答えだ。
けれど、Lがそんな風にあからさまな嘘をつくとは思っていなくて。
思わず月は本心から表情を変えてしまっていた。

「随分と嘘が下手なんだね」
「いいえ、本心です」

今度の答えは嘘か本当か月には分からなかった。
同時に月は気付く。
彼は本当の事を隠すのが上手い存在だ。
見た目でほとんどの人間が判断してしまうのを分かっていて、きっとだらしなく擬態している。

月はLがきっと馬鹿で正義感を振りかざす存在だと思っていた。
理想の為に何かを犠牲には出来ない、そんな愚かな大人の中で、ただ少し秀でた存在。
知識を披露したいだけの愚者。

(あぁ、けど)

本当に彼がLならば、きっとそれは間違いだろう。
彼は賢い。
賢いから、自分が不当な評価を受ける事も構わず擬態する。
ただ、真実に自分を見極めるものだけが本当の事を知ればいいと思っているのだ。
そして、彼が本当にLならば、危険を顧みず、自らを犠牲にする覚悟さえしてここに居る。
犠牲を出してまで得たい理想を彼は持っている。

(似ているのかも、しれない)

それは月自身の姿にも似ているのかもしれない、と思った。
今、月は犠牲を出しても理想を創ろうとしていた。
その世界の美しさを優しき者だけが知れば良いと、思っていた。

(少し、楽しめそうだな)

スッと月はLを見た。
自らのライバルを。
自らによく似た、彼を。

彼の言葉が真実なのだと確信しながら。