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失敗したと月が思ったときには遅かった。 踏み外した足を庇う為に出したもう片方の足にピシリと痛みが走る。 月は一瞬顔をしかめ、さっと周囲を見渡し、誰も見ていないのをいいことにそのままそれを隠した。 資料の山を手にしていたせいで足元が見えなかっただとか言い訳なら出来たが、それでも失敗をLに知られる事だけ は嫌だった。 たとえ僅かなミスも彼には見せたくない。 僅かな勝利さえ与えるものか。 彼は、自分の天敵なのだ。 幸い、足は微かな痛みを訴えるのみだった。 我慢できないほどのものじゃない。 一人になった後冷やせばそれでいいだろう。 そんな事を考えながら、Lの前に資料を置く。 Lが無表情にこちらを窺っている視線を感じて、内心溜息を付きながら月は微笑の形を作った。 「これでよかった、竜崎?」 「えぇ、ありがとうございます月君。ところで・・・・・・」 「何?」 無表情のまま何かを考えるかのように言い籠もったLに、てっきりキラ事件の事かと思い月は笑顔のまま返す。 そんな月を上から下まで穴開くほど見つめてからおもむろにLは続きを答えた。 「足、どうかしたんですか?」 やられた、と一瞬そんな考えが月をよぎる。 思わせぶりに口籠もり、事件の事だと思わせて月に尋ねさせる。 そうやって月が答えずにはいられない状況に追い込む。 けれどもここで素直に言ってしまっては、せっかく隠した意味がなくなってしまう。 ここはシラを通すべきだ、と微笑んだまま月はLに応戦した。 「足?何の事?」 「左足です。先ほどから僅かに庇って歩いてます」 なんという観察力だろうと思わず感心しかけ・・・・・・月は自分を叱咤した。 そしてあくまでシラをきり通すべく、微笑を笑みに換え首をかしげる。 「そう?竜崎の気のせいじゃないか?」 「違います」 きっぱりとLは言い切り、思いの他素早く椅子から降りると、Lは月が逃れる間もなく手首を取った。 そのまま、プライベートルームの並ぶ扉へと月を引っ張っていく。 そして薄暗い部屋に月を導いた。 「ちょ・・・・・・何をするんだ、竜崎!」 「ベッドに座ってください」 有無を言わさない迫力が、Lの声には籠っていた。 これが、きっと本当のLなのだ。 その声一つで全世界の警察さえ動かす。 思わずゾクリと月の背筋を冷たいものが昇る。 恐怖なのか、緊張なのかそれは月自身にも分からなかった。 ただ、気付くとその声に従ってベッドに座っている自分が居た。 Lはというと座ってと言ったっきり月に背を向け、電気もつけないままクローゼットの中に頭を突っ込んでごそごそと何 かをしている。 まるで月が従うことを疑っていないのだろう。 それが悔しかった。 Lにとって夜神月は対等ではないのだ。 命令し、従わす存在。 (では、キラは?) 対等だと、脅威だとLは思っているだろうか? 一度気になると、その思いは増長していくだけだった。 聞けばLの中で月=キラという確信が増すかもしれない。 そう、分かっているのに気付けば言葉に出しかけていた。 「Lは・・・・・・」 「ありました」 その瞬間Lがクローゼットから顔を出し、救急箱を取り出していた。 周囲にはクローゼットから取り出されたであろう様々なものが散乱している。 その現実感を帯びた光景に、月の頭が冷えていく。 そして自分がどんな失態を起こそうとしていたか気付いて、鼓動が高鳴る。 「足を、だしてください」 「あぁ」 だからLがその失態の欠片に気付く事がないように、訪ね返されることがないように彼に大人しく従う。 そんな月の思惑通りLは月の失態にも同様にも気付かず、そっと出した月の足に恭しげに両手を沿え、靴下を脱がせ る。 「ほら、赤くなってる」 そして月に失敗の事実を突きつけ、月が思わず唇を噛んだ瞬間その赤くなった足首に口付けた。 「なにを・・・・・・汚いだろ、竜崎!」 「汚くないです、月君は。・・・・・・これは、おまじないです。早く月君が治るように」 言葉を飲み込んだ月の足首に、Lはもう一度口付ける。 服従を誓うように。 そして、長いようで短い口付けを終えて、その場所に湿布を貼った。 「今日はもう休んでいてください」 「待てよ竜崎・・・・・・勝手に決めるな!」 「月君になにかあったら、私は仕事になりません」 そう告げて、振り返りもせずLが出て行く。 パタンと扉が閉まるのを確認してから、月はベッドに横たわる。 薄暗い部屋、黒い天井。 頬が熱を持っている・・・・・・きっと微かに赤くなっているだろう。 「まったく、何人だよ、Lって・・・・」 おまじないと称して足に口付け、赤面物のセリフを微動だにせず告げる存在。 失敗した、とLを思い出しながら月は思った。 こんなに高鳴る心臓の鼓動の正体に月は気付かされてしまったのだから。 |