この感情の名前なんて知らない。

「何、L?」
「竜崎です、月君」

ジッとLが月を見ていると、柔らかな笑みを浮かべて月が尋ねてきた。
ドキリと胸が鳴り、それを隠すようにLは訂正する。
静かに、冷静に、冷たく聞こえるほどに。

それに月は苦笑する。
はいはい、と子供を宥めるように頭を撫でられる。
二人きりの時だけ、月はLを子ども扱いする事がある。
Lの方が年上にも拘らず、だ。
それを嫌だと思わず、むしろその体温を心地よいとさえLは思ってしまう。
許されているような錯覚に陥る。
そしてその月にとって特別だという錯覚がとても、嬉しい。

(これはどういうことだ?)

ジッと答えを模索するべく月を再び見る。
すると、どうしたんだ、と月が首を傾げる。
その仕草がひどく好ましく思えるのは何故だろう。
月の顔はそれは確かに整っているが確かに男性で、それも子供ではなくて。
なのに、この温かくなる胸は何だろうとLは思う。

そしてそれを隠すようにまた冷たく言い放つ。

「別に、何でもないです。捜査に集中してください、月君。」
「・・・・・・・分かった」

誤魔化すようにLが紡いだ言葉は、自身でも驚くほど無機質で。
返した月の言葉もそれ以上に冷たかった。
その言葉に胸が突き刺されたように痛み、一瞬にして体温が冷める。

(怒らせてしまった?)

決してそんなつもりではなかったのに。
ただ、この不可解な感情の答えに月が先に辿り付くのは嫌で。
だから、隠そうとしただけで。

Lのいつも真実を見極めようと強く前を捉える視線が自然と弱くなり。
本当の事だけを覗く黒い双眸が窺うように月を観察する。

月の顔には今表情がなくて。
彫刻だと言われれば信じてしまいそうなほど、冷たい。

(どうすればいい)

Lは月にそんな顔をしてほしいのではなかった。
確かにその顔さえも美しいと思う。
けれど、彼には笑っていて欲しかった。
Lの心を温かくする笑顔を浮かべていて欲しかった。

(悪いのは私だ)

月が表情を硬くした理由はLにもわかった。
悪いのは自分だ。
冷たく、凍るような無機質な反応を返し続けたのは自分なのだから。

ならばどうすればいい?

(謝れば、いい)

それはLにとって慣れない行動だった。
けれど、月に笑顔が戻るなら試してみるのも悪くないと思う。
そうしてLは口を開いた。

「月君」
「何?」
「あの・・・・・・」
「だから何?」

答える月の声は冷たい。
謝っても許してくれなさそうな雰囲気と、どう謝ればいいのかという躊躇いと。
その二つの理由からLは再び窺うように月を見る。

すると、月が苦笑した。

「月君?」
「まったくしょうがないな、竜崎は」
「?」

何がしょうがないのか。
どうしてそんな風に笑うのか。
何故氷が溶けるように彫像のような表情を消したのか。

理由は言わないまま月は苦笑を笑みに変える。
あの全てを許されたような気持ちになる笑みを浮かべる。

その笑みを見てLもまた僅かに微笑む。

その感情の名前をLはまだ知らない。
けれど、それでもいいと思えた。
月が居て笑ってくれて、それを見て自分も幸せになる。
ただその事実が大切なのだと思えた。